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中原中也さんの"冬の夜"を朗読しました。この詩の内容は私にとって覚えのある感情でした。私の場合はそれが女ではなかったのですが、それが姿を消してしまうと普段聴こえてこない木材の軋む音や、窓の外の風鳴り音だったりが急に大きな音を出して主張し始めるのです。そうして馴染みの深い我が部屋がまるで他人のようによそよそしくなり、その空気はひどく透明に感じるのでした。あたかも今此処にやってきたという別世界の雰囲気なのであります。
この詩の中で中也さんのいう女とは、元恋人で同棲していた長谷川泰子さんのことだと思います。泰子さんが出ていった後の部屋はとても広く感じたのでしょうね。そして己は独りでいるのが楽だと言いながら、燃えるような体温を求めては冬の寒さに消えていくのです。
在りし日の歌より冬の夜の解説でした。尚、中也さんが詩集で読み仮名を振っているのは『夜の沈默』と『年增女』です。振り仮名については私が勝手に振っていますのであらかじめご了承ください。最後まで読んでくれてありがとうございました。心を込めて朗読しました。よろしければきいてください。それでは又。
冬の夜
みなさん今夜は静かです
藥鑵の音がしてゐます
僕は女を想つてる
僕には女がないのです
それで苦勞もないのです
えもいはれない弾力の
空氣のやうな空想に
女を描いてみてゐるのです
えもいはれない弾力の
澄み亙つたる夜の沈默
藥鑵の音を聞きながら
女を夢みてゐるのです
かくて夜は更け夜は深まつて
犬のみ覺めたる冬の夜は
影と煙草と僕と犬
えもいはれないカクテールです
2
空氣よりよいものはないのです
それも寒い夜の室内の空氣よりもよいものはないのです
煙よりよいものはないのです
煙より 愉快なものもないのです
やがてはそれがお分りなのです
同感なさる時が 來るのです
空氣よりよいものはないのです
寒い夜の痩せた年增女の手のやうな
その手の弾力のやうな やはらかい またかたい
かたいやうな その手の弾力のやうな
煙のやうな その女の情熱のやうな
炎えるやうな 消えるやうな
冬の夜の室内の 空氣よりよいものはないのです
在りし日の歌より