空気のように存在していれば、厄介事に巻き込まれることはないと、そのように思っていた時期がありましたが、社会というものに溶け込むとそれが一変しました。私は自己を主張をせず、就業規則を厳守し、言われたことを機械のように黙々とやっていました。毎…
カーテンを開けると、灰色の空が浮かんでいました。責任のない風たちは木々を揺らして、ひゅうひゅうと音を立てて走り過ぎていきます。薄墨の日。あれは笑ってもいないし、ましてや怒ってなどなく、少しばかりの悲しみを含みながら、じっと私を見つめている…
妹よ - 中原中也 夜(よる)、うつくしい魂(たましい)は涕(な)いて、 ――かの女(じょ)こそ正当(あたりき)なのに――夜(よる)、うつくしい魂(たましい)は涕(な)いて、 もう死(し)んだつていいよう……といふのであつた。 湿(しめ)つた野原(のは…
私がそのお声を知ったのは、cluster(クラスター)という仮想空間でのことでした。ソフトをパソコンにインストールをしたばかりで、ヴァーチャルリアリティやメタバースなんて右も左も分からない時です。ロビーで迷子になっていた私の耳に、不意にきこえてき…
いつも雨が降っています。なんてあまりに物哀しく言うものだから、私は降りそそぐ雪片を思わず手の平で受け止めたのです。それは小さく繊細であり、時折、冬の星座のように綺羅びやかに輝いていました。たとえこの結晶が溶け出しても、頬を伝ったりはしない…
キッチンはいつも同じ色をしているから好きです。しかしシンクに熱いものを置いてしまうと、たちまち火傷してしまう感覚が皮膚全体に伝わってきて、それはもう全身に鳥肌が巡ってしまうので、あらかじめ水を流してから、冷やしてから置くようにしています。…
長らく降り続いていた雨が止みました。その雨は私の泥を洗い流してくれましたが、私の血液までは洗い流してはくれませんでした。私は赤黒い塊を見つめながら、冷たい温もりのある頃を思い出していました。そうしていると、焼け焦げた笑顔が灰のように崩れて…