高村光太郎さんの"深夜の雪"を紹介します。
"ただ二人手を取って、声のないこの世の中の深い心に耳を傾け、流れ渡る時間の姿を見つめ……"と、深夜の雪のこの一節は本当に圧巻の一言に尽きます。光太郎さんは智恵子さんの全てを受け入れているからこのような美しい言葉で表現出来るのでしょうか。
ただ手を取り合うだけでいい、音がない方が貴女の心を深く知れる、二人だけの時間はこの先もずっと続いていくだろう、このような今が何よりの幸せであると光太郎さんは言っているのですよね。
私は思うのです。生涯を通して誰かと一緒に過ごしていくことが出来たとして、家族になって暮らしていくことが出来たとして、では光太郎さんと同じように誰かを愛せるのかと言われればそれは自信がないのです。自信はないけれど、私も光太郎さんのように誰かを愛してみたいとは思っているのです。今はそうした未来を夢見ながら、日々を優しい心で生きていきます。
最後まで読んでくれてありがとうございました。智恵子抄から学ぶことは多くあります。私にとっては教科書のような詩集なのです。それでは又。
深夜の雪
あたたかいガスだんろの火は
ほのかな音を立て
しめきつた書斎の電燈は
しづかに、やや疲れ気味の二人を照す
宵からの曇り空が雪にかはり
さつき窓から見れば
もう一面に白かつたが
ただ音もなく降りつもる雪の重さを
地上と屋根と二人のこころとに感じ
むしろ楽みを包んで軟かいその重さに
世界は息をひそめて子供心の眼をみはる
「これみや、もうこんなに積つたぜ」
と、にじんだ声が遠くに聞え
やがてぽんぽんと下駄の歯をはたく音
あとはだんまりの夜も十一時となれば
話の種さへ切れ
紅茶もものうく
ただ二人手をとつて
声の無い此の世の中の深い心に耳を傾け
流れわたる時間の姿をみつめ
ほんのり汗ばんだ顔は安らかさに満ちて
ありとある人の感情をも容易くうけいれようとする
又ぽんぽんぽんとはたく音の後から
車らしい何かの響き――
「ああ、御覧なさい、あの雪」
と、私が言へば
答へる人は忽ち童話の中に生き始め
かすかに口を開いて
雪をよろこぶ
雪も深夜をよろこんで
数限りもなく降りつもる
あたたかい雪
しんしんと身に迫つて重たい雪が――
智恵子抄より