想望手記

統合失調症と共に日々を生きていくブログです。中原中也さん他、近代詩の朗読も配信しています。

想望手記

月のゆりかご

 長らく降り続いていた雨が止みました。その雨は私の泥を洗い流してくれましたが、私までは洗い流してはくれませんでした。私は赤黒い塊を見つめながら冷たい温もりのある頃を思い出していました。そうしていると焼け焦げた笑顔が灰のように崩れていきました。私はこうして不本意に何かを失い続けるのでしょう。例えこの雨が百年降り続いたとしても、世界は何一つ変わったりはしないのです。

 

 人の世とは喪失の繰り返しであり、それは避けることのできない平等性を帯びています。生きている限りは無慈悲に繰り返されて、何度も何度も私たちを苦しめているのです。やがてその痛みを乗り越えたとしてもそれは再度必ず巡り廻ってきます。その度に痛みや悲しみの耐性がついていくのが何とも穢らわしいのです。慣れてしまうことをひどく汚らしく思うのです。

 

 今宵も月が綺麗です。きっと遠い左回りに居た人もあの月を見て綺麗だと感じていたのでしょうか。私と同じように月に向かって両手を伸ばし、美しい球体を掬い上げようとしたのでしょうか。私はこの失われることのない月灯りを信じているのです。とある女性には「月になんて誓わないで」と言われるかもしれないけど、ロミオではない私はこの不変の月に誓って、失ったものを忘れないことでしょう。

 人格や声、造形と経験、思い出、信念、言葉の数々を私は覚えています。例えあの月が満ち欠けても、その姿を青い空に隠しても、私だけは覚えています。だからどうか心配なさらないでください。安心してお眠りください。この世界の全てを忘れてお眠りなさい。正しさに強いられても、その心までは失いたくはなく、私は今日も夜空を見上げて歩くのでした。例えこの涙が百年流れ続けたとしても、世界は何一つ変わったりはしないのです。

 最後まで読んでくれてありがとうございました。それでは又。