夕暮れの浜辺にて。私がその少年に心を奪われたのは一刻の出来事でした。缶コーヒーを片手にぼんやりと海を眺めていると、何かを拾っては海に投げている少年がいました。最初はそれほど気になりませんでしたが、あまりにも長い間そうしているので、声をかけてみようと思い立ったのです。
私はやわらかい砂の上を歩きながら、少年にどのように声をかけようかと考えていました。結局は「何を投げているのか」という当たり障りのない言葉に、少年は私の顔を一度ちらりと見てから、私の足元に落ちている貝殻を拾いながら言いました。
「海に良いことをしないと、りゅうぐう城に行けないんだよ」
少年は何処か悲しそうに呟くと、近くにあった貝殻を拾い集めては、また海に向かって繰り返し投げ始めたのです。私はその後ろ姿をぽかんと見ていました。竜宮城と貝殻を海に投げるのとが、一体どういう関係であるのかがわからなかったので、私も同じように貝殻を拾って海に投げてみました。すると少年は私の姿を見て、少し驚いてからくすっと笑ったのでした。
そうして、私はようやく少年の不可思議な行動を理解することができました。少年は浜辺の貝殻を海の落とし物だと思っていました。貝殻を失くした海がきっと困っているだろうから、僕が時々こうして返してあげるのだと、一緒に貝殻を投げながらそのように話してくれたのです。この海は僕しか返す人がいないとも言っていました。それは追体験にも似た懐かしさがあり、淋しさや瑞々しさ、私の記憶の片隅にも確かに存在するものでした。
水平線に溶けていく夕陽を見つめていると、いつも心がざわざわして、大切なものを喪失しているような気持ちになります。「また明日、遊ぼうね」と手を振っていたあの頃は、何の根拠もなく何の滞りなく、明日も同じように遊べると信じていたのです。想像のつかない遠い未来を薔薇色であると疑わなかったのです。しかし私が竜宮城に行くことは叶いませんでした。きっとこの少年もあそこに取り残されているから、夕陽を見てこんなにも寂しそうな表情をしているのでしょう。私は誰も存在しない浜辺に佇んで、赤黒く焼けた空を見上げていたのでした。
最後まで読んでくれてありがとうございました。それでは又。