想望手記

朗読家丨国立和歩のブログです。中原中也、高村光太郎等、近代詩の朗読を配信しています。

想望手記

声劇台本「魔王と参謀」【2人用】

声劇台本:魔王まおう参謀さんぼう

 

ジャンル:シリアス / ファンタジー / ラブストーリー / 長セリフ有

 

所要時間:約25分

 

【登場人物】

 二代目魔王まおう。先代魔王の養女。年齢不詳。落ち着いた口調で品がある。長い間、魔族と人間との戦争を止めようとしていたが、交渉の場ではことごとく人間に裏切られ、魔王軍は全ての領土を失ってしまう。魔王城、玉座ぎょくざの間まで追い込まれた彼女は、とある決心をして参謀を呼び出す。

 

 

 

 魔王軍で参謀さんぼうを務める。年齢は少年と青年の間くらいであり、魔族として生まれたことを誇りに思っている。人間を誰よりも憎んでいるが、魔王がいだく人間への想いに困惑している。魔王の力を継承けいしょうできる程の器を持っている。

 

 

 

イメージイラスト:五百式立ち絵メーカー様

 

【配役コピー用】

♀ 魔王:

♂ 参謀:

 

 

 

 

 

────魔王城 玉座の間

 


──コツ、コツ、コツ(参謀の歩く音)

 

参謀 「魔王様。最後の門番が今、勇者に倒されました……」

魔王 「……そう」

参謀 「間もなく決戦となります。覚悟は出来ています」

魔王 「……今宵こよいは、月明かりの綺麗な夜ね」

参謀 「え? え、えぇ……天窓から差し込む青白い光りが、この玉座の間を幻想的に照らしていますね」

魔王 「この温かい光たちは、私たちを救ってくれるのかしら」

参謀 「はい、きっと。魔王様を守ってくれることでしょう」

魔王 「そうね……。いよいよこれの出番、というわけね……」 スッ

参謀 「えぇ。その闇のオーブに、魔王様の魔力を込めて共鳴きょうめいさせれば、勇者共々、この世界を清浄することが可能です」

魔王 「……清浄、か」

 

──(魔王の魔力がゆっくりとオーブに注がれていく)

 

参謀 「甚大じんだいな被害を受けましたが、不浄なるこの世界を一度破壊し、我々魔王軍の勝利としましょう」

魔王 「参謀」

参謀 「はい?」

魔王 「私について来てくれる……?」

参謀 「勿論です。僕は先代の頃からずっと魔王様に仕えてきました。どのような状況であっても、魔王様を────」

 

──パリーンッ!(オーブの割れる音)

 

魔王 「痛っ……」

 

──(必要以上にオーブに注がれた膨大な魔力が、その限界を超えて砕ける)

 

──(魔王が苦悶の表情で玉座にもたれかかる。慌てて魔王のもとへ駆け寄る参謀)

 

参謀 「ま、魔王様!? 何を……!!」

 

──(割れたオーブの破片が魔王の手に刺さり、ぽたぽたと血がしたたり落ちている)

 

魔王 「っ……これで、良い」

参謀 「無茶なことを……。すぐに手当をします」

魔王 「参謀……」

参謀 「……」

魔王 「私はね、承知していたの……」

参謀 「何をです……」

魔王 「……人間と魔族、互いの正義がいくらぶつかり合っても、どちらかが滅びるまで戦争は続いてしまう。そうして最後の一人まで殺し合って、片方の間違った正義で創られた平和なんて、うたかたの安寧あんねいでしかないのよ」

参謀 「しかし……これ以上の交渉が無理なことは魔王様だって――」

魔王 「それはわかっている。それでも、この戦争を終わらせなければ、歴史は悲しい繰り返しをいて、悠久ゆうきゅうに血を流し続けることになるから……」

参謀 「だから、魔族に滅べというのですか……。そもそも人間共に正義などありません。……破片はすべて取り除きました。今、包帯を巻きますから……じっとしていてください」

魔王 「ありがとう。そうね、手を取り合い生きられないというなら……私が今宵、この戦争に終止符を打つ。まわしき因果律をって、恒久平和こうきゅうへいわを実現する……」

参謀 「魔王様。人間を全てほうむり去ることによって、我々魔族は平和に暮らしていけるのです。元々、この世界を統治とうちしていたのは魔族ではないですか。勝手に国を築き、私利私欲の為に戦争を仕掛けてきたのは人間です。それに今まで何度も、何度も人間に騙されて多くの同胞どうほうが死んでいきました。魔王様は本当に……本当にそれで、良いのですか?」

 

────(包帯を巻き終えて、魔王の目をじっと見据える参謀)

 

参謀 「僕は決して、死を恐れているわけではありません。しかし……人間は利己的で、薄汚い生き物です。たとえ魔族がこの世界から消えても、きっとまた争いを始めるでしょう……。そのような未来の為に、魔族が犠牲になっても良いのですか。僕はどうしても得心とくしんがいかないのです」

魔王 「お父様の力がこの身体に宿った日、私は魔王として生きていくことを決心した。そのはずなのに、どれだけ憎しみをつのらせても、裏切られるとわかっていても、ずっと人間を信じ続けた……。世界はまた、一つになれると思っていたの。そして今も、こんな状況になっても、何処かでまだ信じているの……。彼らはただ、臆病なだけ……。勇者もきっと、本当は悪いやつじゃない。ごめんね、参謀……。私は、魔王失格ね……」

参謀 「いえ……先代も、同じでした」

魔王 「……?」

 

────(天窓の奥に見える月を眺めながら、参謀がゆっくりと口をひらく)

 

参謀 「先代は、魔族と人間が共に生きる道をいつも考えていました。忌々しい鉄の鎧をまとい、人間の姿を模倣もほうしては多くの人々と接し、長い時間をかけて人間というものを少しずつ理解されていきました。そして僕も、先代の傍らで人間を深く学ぶことが出来たのです。しかし、人間などを信じたがために、先代は和平の場で捕らえられ、火刑にされてしまいました。まだ力の弱かった僕は、それを見ていることしかできませんでした」

魔王 「そう……。お父様は封印されたと聞いていたけど、やはり殺されていたのね……」

参謀 「先代は罵声ばせいと共に、石や鉄、木屑を投げる多くの人間共を見ながら、不思議と安らかな表情をされていました。魔王様と、同じなのです……。僕はあの場で、先代と共に死ぬべきでした。けれども、炎に包まれながら先代は僕に言いました。娘を頼む、と」

魔王 「……お父様が」

参謀 「えぇ。魔王城に逃げ帰ってからのことはご存知の通りです。僕はやはり、先代や魔王様のように、人間との共生を信じることができませんでした。人間という生き物が心底嫌いなのです。虚実きょじつの正義を大勢で掲げ、不都合な命はとことん犠牲にする。温厚に見える仮面の下で、卑しくほくそ笑む人間が許せません……」

 

────(魔王の前に向き直り、片膝をつく)

 

参謀 「……魔王様。勇者は間もなく、此処、玉座の間にたどり着きます」

魔王 「そうね……」

 

────(優しい目をして魔王を見上げる参謀)

 

参謀 「魔の民を導く王は、どうしていつも、こんなにもお優しいのでしょうね……」

 

────(参謀の意外な言葉を受けて、魔王の頬に一筋の涙が流れる)

 

魔王 「私は、結局…………何一つ、成すことができなかった。稚児ちごのように、ただただ平和を願って、祈ることしか出来なかった……。誰も傷つけたくないという、この無責任な想いは、私を信頼する多くの民を傷つけた。優しいなんて言わないで……私は迷い多き、愚者なのだから……」

参謀 「……魔王様」


────ズズズズズ(玉座が後ろにずれて、地面に隠し階段が現れる)

 

魔王 「これは?」


────ガチャンッ、ガチャンッ(突然、魔王の手首が強い魔力の鎖で拘束される)


参謀 「さぁ、行きましょう」

魔王 「参謀!? ちょっと、何の真似っ……!!」

参謀 「いいですか、魔王様。この階段は人間ひとの世に繋がっています。この鎖の魔力が解けたらすぐに、光のある方向を目指して歩くのです」

魔王 「何を……言ってるの……」

参謀 「貴女は今から人間の世界へ行き、争いのない、魔法を正しく使う世界を創造するのです」

 

────(参謀が魔王の胸の前に手をかざす)

 

参謀 「魔王の力は、僕が継承します」

魔王 「何を勝手なことを言って……」


────(魔王から眩い光の玉が現れると、スッと参謀の体に入っていった)

 

参謀 「ぐっ……」

魔王 「参謀! 私のこの手は、多くの血で染まっているの! 魔王としてここで死ぬのではなく、人間として生きていくなど……私には、出来ない。何故魔王として、この玉座で死なせてくれないの。……この鎖を外して。外しなさい! これは、命令よ。私は……魔族にも、人間にも、ゆるされないことをしたの……」

 

────(魔王の腕を掴み、強引に階段を降りる参謀)

 

────(そして立ち止まり、傷ついた魔王の手を包み込む)

 

参謀 「魔王様。もし、血に染まったこの手が許せぬというのなら……」

 

参謀 「もう片方の手があります」

 

魔王 「参謀……」

 

────(魔王の頬に両手を添えて、涙をすっと拭う)

 

参謀 「この美しい目は、正しいものも、そうでないものも……」

 

参謀 「その両方が見えるようにと」

 

────(魔王の顎に手を添える)

 

参謀 「そしてこの口は、世界を悲観するためのものではありません」

 

参謀 「魔王の僕が、貴女の罪を赦します」

魔王 「……」

参謀 「……大丈夫です。この戦争は、僕が必ず終わらせます」

魔王 「貴方は……最初から、そのつもりで……」

 

────ズズ(玉座が正しい位置に戻ろうと動き始める)

 

────ガチャンッ(魔王の足首を魔力の鎖で拘束して、玉座の間に駆け上がる参謀)

 

魔王 「ねぇ、やめて……お願い」

参謀 「お元気で、魔王様」

魔王 「嫌……。行かないで。私を一人にしないで……。こんなのって……。だめよ。私も、貴方と一緒に────」

 

────ズズズズズ(玉座が元の位置に戻り、階段を完全に覆い隠した)

 

────(参謀、小さく息を吐く)

 

参謀 「……これで、いい」

 

────(そして、我慢していたものが溢れ出す)

 

参謀 「あぁ……。僕も一緒に、いきたかったな……」

 

 

────ギギギギギギィ(最後の扉が開く音)

 

 

参謀 「っ……!」

 

────(涙を拭い、威風堂々と言い放つ)

 

参謀 「……待ちくたびれたぞ、勇者よ」

 

参謀 「我が魔王だ。全力でかかってくるがいい!」

 

 

────とある、空への便箋

 

 

魔王N 「私は今、国を混乱させた魔女として手足の自由を奪われています。貴方が繋ぎでくれた優しい鎖を思い出しながら、不義の業火に包まれるのを待っています。この鐘の音が鳴り終わるせめてもの間、私はこうして空を見上げて笑っていようと思うのです。そうすればもう一度、貴方に会える気がするのです。あの夜と同じ月がみえます。赤い星空が綺麗です。貴方の口づけが今も、この胸を焦がしています。ありがとう。深い尊敬と謝意を込めて――」

 

 

────

 

 

【世界観】

 ファンタジーの王道、剣と魔法の世界。「魔族」というのは魔力を束ねる者である。加えて「魔物」とは魔力を与えられた生物となる。この世界は元々、魔族が魔法を正しく使って静かに暮らしていた。しかし、魔法を悪用する一部の魔族が、魔王から独立して小さな国を築く。この独立した異端の者たちを「人間」と呼んだ。

 人間は禁忌としていた製鉄を始める。輝くばかりの豊かな森は削られ、神々しい青白い大気は汚染されていく。鉄で武装した人間たちは、魔族の領地を少しずつ奪っていった。そうして「勇者」という、魔族でも人間でもないものを造り出すことにも成功したのだ。

 人間はこの世界を統一して、より多くの資源を確保する為に、魔王軍に宣戦布告する。作中に出てくる「闇のオーブ」とは、魔力を持つ全ての生物の魂が還る場所である。魔王が呪文を詠唱をして、強い魔力で共鳴させることにより、世界中の命をオーブの中へと還すことができる。それは魔力を持つ生命の滅びを意味している。