想望手記

国立和歩のブログです。中原中也、高村光太郎等、近代詩の朗読も配信しています。

想望手記

散文

森人の安寧

――或る日の森の中。 囁くような風が吹いて、見上げる樹々は揺れて、青葉の隙間から陽が差し込んで来ました。小鳥たちの声が森に調和すると、僅かに果物の匂いが一面を覆いました。 この森は数多の生命で溢れています。新緑も、昆虫も、人間も、皆同じ質量の…

強迫の竜宮城

夕暮れの浜辺にて。私がその少年に心を奪われたのは一刻の出来事でした。缶コーヒーを片手にぼんやりと海を眺めていると、何かを拾っては海に投げている少年がいました。最初はそれほど気になりませんでしたが、あまりにも長い間そうしているので、声をかけ…

空想を信じるのは

ここだけの話ですが、私は中原中也さんの生まれ変わりです。なんて詩のひとつも書けないくせに、私がそのような空想を信じているのは、大好きな人になりたいという至極単純な想いからでした。少年の頃、祖父に買ってもらった仮面ライダーのベルトを使って変…

世界の裏側へ

空は剥がれて、山には錆が浮き、川が逆さま映る日があります。それは何もない世界が存在しているからなのです。突然に音もなく私を侵食して、気の滅入る場所へと誘(いざな)おうとしているのでした。何もない世界というのは特別に恐ろしく、いつまで経って…

沈黙の主張

空気のように存在していれば、厄介事に巻き込まれることはないと、そのように思っていた時期がありましたが、社会というものに溶け込むとそれが一変しました。私は自己を主張をせず、就業規則を厳守し、言われたことを機械のように黙々とやっていました。毎…

空白の大都会

カーテンを開けると、灰色の空が浮かんでいました。責任のない風たちは木々を揺らして、ひゅうひゅうと音を立てて走り過ぎていきます。薄墨の日。あれは笑ってもいないし、ましてや怒ってなどなく、少しばかりの悲しみを含みながら、じっと私を見つめている…

同じ型の刻印

いつも雨が降っています。なんてあまりに物哀しく言うものだから、私は降りそそぐ雪片を思わず手の平で受け止めたのです。それは小さく繊細であり、時折、冬の星座のように綺羅びやかに輝いていました。たとえこの結晶が溶け出しても、頬を伝ったりはしない…

それを空と知りながら

キッチンはいつも同じ色をしているから好きです。しかしシンクに熱いものを置いてしまうと、たちまち火傷してしまう感覚が皮膚全体に伝わってきて、それはもう全身に鳥肌が巡ってしまうので、あらかじめ水を流してから、冷やしてから置くようにしています。…

月のゆりかご

長らく降り続いていた雨が止みました。その雨は私の泥を洗い流してくれましたが、私の血液までは洗い流してはくれませんでした。私は赤黒い塊を見つめながら、冷たい温もりのある頃を思い出していました。そうしていると、焼け焦げた笑顔が灰のように崩れて…

拾われる言葉

私は喧騒や雑踏の中から、"クズ"とか"カス"といった悲しい言葉を勝手に拾ってきます。それがどれだけ小さくても見つけてしまうのです。自分が言われているわけでもないのに、見知らぬ声や文字だけが大きくなって、私を覆って殺そうとするのでした。そういう…

部活と水と体罰と

よく噛んで食べるのが体に良いらしいので、いつも以上にもぐもぐとしていたら、下唇まで噛んでしまい当たり前に喋れなくなりました。その後、ソースや熱いものを食べる度に悶絶しています。どうして私はこんなに鈍くさいのだと、自分に対してがっかりするこ…

配られなかった台本

ひらがなとカタカナを覚えたのは、いつ頃のことだったでしょうか。ヒノキの香りに断片的な陽の光。私はそのセピア色の書斎で、祖父に教えてもらった文字を使い、他愛もない言葉を描いていました。規則的な振り子の足音をききながら、祖父の大きな椅子に座っ…

幸福と不幸の見つけかた

美しいものや綺麗なものに触れると、私はその世界に引き込まれたまま、しばらく帰ってこれなくなります。それが本であるなら閉じることをしないし、花であるなら触れることなく抱きしめるのです。そういった出来事、瞬間の一つひとつは、磨かれた鉱石のよう…

名前も知らない神様の声

木の枝で騎士のまねごとをする少年。ホウキにまたがり空を見上げる少女。私はそれを横目に見ながら、通い慣れた井戸で水を汲んでいました。つるべから冷たい水がはねて頬を濡らしました。あぁ、なんて気持ちが良い朝なのでしょう。私はルネーメ村を包む陽の…

泣き声のない君の傍に

声をあげて泣いている人がいたら、どうしたのだろうと誰もが心配になるでしょう。その時、貴方ならどうしますか? 恐らく直接声をかけるか、誰かが声をかけるまで見守る、そのどちらかではないでしょうか。素通りという選択は特別な理由を除き出来ないと思い…

冷たいカレーライス

ぽかぽか陽気を肌で感じながら、私は窓際で目を閉じていました。聞きなれた生き物の声がしています。風の音や機械の音、どこか懐かしい木の香りに、瞼の温もりは何とも心地良く、不意にこの身を委ねると自我が消えてしまいそうになるのでした。 このままでは…

コメント欄といいねボタン

私のブログでは、コメント欄やいいねボタン等を設置していません。それは今のSNS時代にはそぐわないことのように思えます。しなしながら私がそうしている理由は、コミュニケーションが苦手というのもあるのですが、私はこのブログを見に来てくれる貴方に私の…

老いていく日々の中で

これは、私が死んだ後の話になるのですが、例えばこのはてなブログさんが100年先も存在していたとして、或いはユーチューブさんが1000年先でも保管されていたとして、その時代に生きる人々がふと私の文章を読んでくれたり、アップロードしている朗読…

ファミコンの思い出

私が初めてテレビゲームに触れたのはファミコンの黎明期、1980年代の頃でした。 当時はスーパーマリオブラザーズや、ファイナルファンタジーなどの有名タイトルで盛り上がっていた時代です。 我が国立家では、ゲームは一日に一時間までと決められていた…

詩の朗読と神の声音

この世界で唯一無二の文学を作り出すこと。それは恐らく全知全能の神として、世界を創造するに等しいことです。当然ながら私には不可能です。もしそれが叶うのであれば、全ての人に笑顔と幸せが訪れる文学を作りたい、と想像するのは雲の上の文学であり、そ…

双月の砂時計

緩やかに流れていく世界の中では、時間を意識することはないのだけれど、何か予定が近づいてくると少し話が変わってきます。それの時は、目の前に砂時計を置かれたような気分になるのです。 二つの透明な月を繋ぐ管に、刻々と流れていく時の砂、経過時間を計…

秋の終わりと落葉

ついに秋が終わりました。世間ではとうに終わっていたのですが、私の秋が終わったのです。秋が終わると、冬が降りてきました。そう確信したのは、落ち葉が螺旋階段を昇っていくのを見たからです。視界の端からぱりぱりとした、血液の通っていない落ち葉が舞…

日曜日の朝のこと

どうやら何事もなく目が覚めて、いつもの呼吸が始まりました。ぼんやりと天上を眺めていると、段々と世界が鮮明に見えてきます。過去の記憶が一瞬で読み込まれて、私という人間が始まりました。 私の思い通りの光が窓から差し込んでいないことがわかると、瞼…

競争の逃亡者

例えばそう、私は椅子取りゲームが嫌いでした。ほら、あの音楽が鳴って、急に音楽がぴたんと止まって、皆で一斉に足りない椅子を取り合うあのゲームです。椅子に座れた人がいて、椅子に座れなかった人がいる。その構図に得体の知れない気味悪さを感じていま…

朗読者としての始まり

朗読についてのエッセイです。貴方がこの記事を読まれる前に、最初にお伝えしたいことがあります。私は朗読について、特別な訓練を受けた人間ではありません。故に技術的なことを一切記すことができないのです。かてて加えて、演技や声のプロフェッショナル…

追いかけた夢

私は月に何回かオートバイに乗っています。バイクは車と違って四季を肌で感じるので、当然の如く夏は暑くて冬は寒いです。やたらにスピード出したりせず、景色を見ながらのんびりと走行するのが好きなのです。私は過去に大きな夢を追いかけたことがありまし…